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【草莽安城】
活動分会:安城市自治基本条例の
ありかたを考える市民の会

「安城市自治基本条例に関するアンケート」は終了しました

小冊子「自治基本条例に騙されるな」プレゼント実施中!!【詳細】

晴夫

Author:晴夫


活動方針【詳細】
一、安城市自治基本条例の廃止を含めた見直しを求める活動を進めます。
二、安城市自治基本条例による安城市および市住民への悪影響や被害を防ぎ・減らすための活動を進めます。
三、地域の問題に関心をもち、町内会活動など身近な地域の活動に参加して健全な地域社会の維持と活性化に協力し、地域の声を行政や市議会に届ける一助となる活動を進めます。

当会の活動や安城市自治基本条例に関する皆様のご意見・ご感想をお寄せください。
また、当会の活動方針に賛同し、共に活動して下さる方がおられましたら、是非ご連絡ください。
あなたの賛同できる部分だけの活動でも構いませんし、空いた時間を利用しての少しの活動でも大歓迎です。
皆様のご意見・ご協力が市政を変える力になります。お気軽にご参加ください。
連絡先:このブログのコメント欄・下部メールフォームにメッセージを入力していただくか、
受付担当:事務局(林)
Eメール:nipponbare527@gmail.com
電話:090-2896-2845
までお願いします。

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3/8 多文化共生セミナー参加の報告
晴夫です。

安城市の多文化共生プラン(案)へのパブリックコメントの結果が3月14日に公表されました。→
(
http://www.city.anjo.aichi.jp/kurasu/machidukuri/tabunka.html
)これについては後日におきますが、今回はこのパブリックコメント結果の公表よりも1週間ほど前の平成26年3月8日に行われた、安城市多文化共生セミナーに参加した際の様子をご報告します。
CCF20140327_00000.jpg



 
 セミナー参加者は25名ほどで、そのうち、市役所関係者と市民協働課で手配した4名の安城市在住外国人さんとが、合わせて15名ほどでしたので、本当の一般市民の参加者は10名程度であったと思います。

 セミナーの前半は、安城市や愛知県における外国人住民の現状の紹介や、参加者を4つのグループに分けて、そこに4人の安城市在住外国人さんを1名づつ配して日本人から外国人へ自由に質問をして、外国人さんがそれに答え、ある程度の時間が経ったら外国人さんが順々に日本人グループを巡回していくという形式で、まあ、「理解を深めるためのグループトーク」が行われました。

 4名の外国人さんの内、いわゆる「デカセギ」に相当する来日理由は2名で、まあ皆さんそれぞれに日本に来た理由やその後の経緯など興味深く聞かせていただきました。ま、相手は市の用意した「模範的外国人住民」だということもあり、日本での生活については、「慣れるまで大変」ではあるけれども、それからは特に不便を感じていないということでしたね。
 
 セミナーは前半を終えて休憩に入りますが、その直前、講師である愛知淑徳大学の小島祥美准教授から、「かつて日本人が移民として南米のブラジルやペルーに渡っていき、現代になってその子孫が、自分たちのルーツである日本に来るのはお互い様、当然のことであると思う」という趣旨の発言がありました。
 
 これはひとこと言っておいた方がいいなと思いましたので、休憩時間中に私から小島准教授へ「ブラジルやペルーは、大航海時代のポルトガルやスペインが原住民を征服してできた国で、最初から移民で成り立っている国です。それらの国では移民を否定することはできませんが、日本は違います。日本はいわば原住民である日本人が、外国からの支配を受けずに現在まで継続している国ですから、移民国家とは国の根本的な成り立ちが全く異なっています。ですから、日本人移民の子孫であるからといって、日本が移民を受入れることが当然という先ほどの発言は不適切です。日本人移民の子孫であるから移民を受け入れるべきというのは先生のお考えであって、移民国家で無い日本が移民を受入れるのは当然ではなく、慎重に議論がなされるべきことです」というお話をさせていただきました。小島准教授は、特に反論することも無く、「そうですね、人それぞれに考え方がありますので、押し付ける気はないです」というような回答でした。

 セミナー後半の冒頭、小島准教授から、私の指摘した発言について「誤解を招くような発言があったが、色々な立場や考え方があり、一つの考えを押し付ける気は無い」という釈明が入りました。私は、なにがしかの反論なりがあるかと思っていましたのでいささか拍子抜けしていましたが、ここでセミナーは、ちょっと信じ難い展開を見せ始めたのです。

 なんと、安城市の多文化共生プラン(案)の策定委員のうち5名の委員が前に並び、「安城市多文化共生プラン」について話すというではありませんか。

おいおいおい、ちょっと待てよ!

以前、このセミナーについて安城市協働課に確認した際→(http://jkihonjorei814anjo.blog.fc2.com/blog-entry-22.html)に、「このセミナーは多文化共生の一般的な話という内容で。あくまで安城市のプランとは別のもの」ということを確認しているのですが・・・
 
 更に信じられないことには、策定委員の話が一通り終わった後、見慣れた
「安城市多文化共生プラン(案)概要版」(
http://www.city.anjo.aichi.jp/kurasu/machidukuri/documents/gaiyo.pdf)が参加者に配布され、その内容について市民協働課が説明を始めるではありませんか!
 
市の多文化共生プラン策定委員が出てきて説明?

パブリックコメントの結果も公表されていないのに??

 多文化共生プランそのものが配布され、市民協働課が説明までしてるぞ???
 
 これは、「安城市多文化共生プラン」そのものの実施・推進ではないのか? 事前の説明と全く異なっているのですが?!

 さすがに腹が立ちましたね、こうもあからさまに市役所に嘘をつかれ、だまし討ちをされるとは思いませんでした。

 市民協働課の説明が終了し、質疑応答となりましたので、私は手を挙げ、まず、このセミナーの位置づけについて確認をさせていただきました。

晴夫:「このセミナーについて、私は市民協働課さんに、『パブリックコメントの結果を出す前に、プランを進めるんですか?』という質問を事前にしているのですが、それに対する市民協働課さんの回答は、『多文化共生ということが市民に知られていないので、それを知らせるための一般的な説明の講演である』旨の回答をもらっていたので、ちょっと、今、策定委員の皆さんが出てきて面喰っているのですが、あの~、これは多文化共生プランの推進ではないということなんですよね? まだパブコメの結果とか出てないんで、プランを実際に進める段階には無いと思うのですが、あくまで一般的な説明であるということなんですね?」


市民協働課:プランは現在策定中になります。今日のセミナーの目的としましては、多文化共生という言葉自体が皆さんになじみが無いですし、委員の皆さんがいっておられたように、多文化共生という言葉がやっと自分の中で理解できるようになったと仰っていたように、なかなか言葉だけでは理解できず、私たちもこういうものが多文化共生だというものがないので、少しでも多くの市民の方に理解してもらおうということです」

晴夫:「委員の皆さんが、多文化共生がやっとわかってきたという、そういう状況で、それ以前の段階でプランを作り、パブコメの結果を公表する前にこのようなセミナーでプランの推進・実施を始めてしまうというのは、順番がメチャクチャじゃないのかと私は思うのですが?」

「多文化共生という言葉が市民に浸透して、その市民から委員を募り、プランを策定して、それに対して意見を募集するというのが本来の姿じゃないのかと思うのですが、この順番の逆転はどういうことなんですかね? 今の話でいえば、委員の皆さんは多文化共生ってものを知らないままプランをつくっていたということですよね?


市民協働課:「多文化共生という言葉は最近のものですが、昔から生活のなかにあるもので、外国人の皆さんが暮らす中にあったものです。これまでにも交流会というかたちで外国人との交流は行ってきましたが、今回初めて多文化共生という名前をだして今回このタイミングで機会をもったということです。」

晴夫:「これまでも実態としてはあったということですが、何にしろやることの順番がおかしいというのと、誰も多文化共生ということを理解も説明もできないのですから、時期尚早なんじゃないかと思います」

「もう1点お聞きしますが、多文化共生プラン(案)に添付された日本人住民へのアンケートの結果なんですが、外国人の存在について不安感の増加を感じているが52.1%、社会的負担の増加を感じているのが60.1%という状態で、要は外国人に対して不安や負担を感じているんですね、日本人は。まあ、外国人の方、ひとりひとりはともかくとして、全体としてね。」
無題13
「先ほど、小島先生にもお話しましたけど、日本って基本的に移民国家じゃないですから、日本から過去に移民が行ったからといって、その子孫が帰ってくるのが当たり前かといえばそれは当たり前じゃないですから、あの、非常に誤解を招く先ほどの先生の発言だったと思うんですけど、基本的に移民を受けていない国なので、それについてはごく慎重にやってほしいなと。まあ、移民を受ける受けないは市役所の皆さんが決めることでは無いですけど、それに対して税金を使うのですから慎重にやって欲しいと思います。で、アンケートの不安感・負担感というところで、策定委員の皆さんがどのくらいこのことを意識して検討されていたのかということ、基本的に多文化共生バンザイでやってたのか、不安や負担を感じている日本人が多数であるのだから、これは慎重にやろうという感じだったのか、そのあたりの雰囲気をお聞きしたいのですけど。」

市民協働課:「委員さん個々の意見は分からないですが、外国人がいることについての不安感ということについては、おそらく、知らないものに対してもつものだと思います」

・・・アンケートで外国人の存在について不安感・負担感をもつ日本人が大半を占めている現実に対して、そのアンケート結果を掘り下げる追加調査も行わず、『おそらく、お互い良く知らないからじゃない?』という根拠の無い想像で、税金の使用をともなう政策プランを進めていることに対して追撃しようと思ったところ、別の参加者が挙手をして質問を始めたため、私の質問はここまでとなりました。

 私の次に質問をした参加者さんからは、「今、負担という話が出たが、外国人の地方税納付率を捕捉していますか?」「文化というのはどういうものなのか? 多文化共生というのは言葉(概念)自体が破綻していないか? 多文化共生とはどういうことなのか説明して欲しい」という質問がありました。市民協働課側は、「文化について専門家では無いので・・・」から始まり、あまり適切な回答になっていなかったと思います。

 質疑応答はここで打ち切られました。まあ正直、この辺になると市役所側も言うことがグダグダになってきていましたので、私は最後に「言葉・用語もキチンと定義されていない、策定する側が説明もできない、そんな状態でプランをつくって、意見募集(パブコメ)の結果公表よりも先にこんなふうに推進して、やってることメチャクチャだと思いますよ」と、ドサクサに紛れて言っておきました(笑)。

 セミナーはこの後、再び策定委員さんと参加した4名の外国人さんから一言づつ求めて、閉会となりました。

 この後、市民協働課の職員さんと課長さんと私とで、延長戦的に意見交換がありました。
 私からは、
「すでに受入れてしまっている外国人に対応することが必要という市の立場も分かるし、私個人としても職場の同僚や友人にも外国人はいるし、本日お話させてもらった外国人の方も気持ちの良い方達で、お話は興味深く聞かせていただいた。しかし、市の施策となれば、そのような個々人、私(わたくし)の話とは別に、公(おおやけ)ということが出てくるはずで、その公ということを考えたときに、アンケートで判明したような不安や負担や反対や抵抗を無視していいのか?、最初から多文化共生推進ありきで、それに合わない意見を無視していいのか?という問題になる

「私個人として外国人と仲良くするのも交流するのも良い。生活ルールや防災・防犯で外国人に伝わるようにすることも、必要だし結構なことだと思う。でも、僕の意見、あなたの意見じゃなく、公の傾向として、日本人の半分が不安や負担を感じているのだから、多文化共生というものを進めたいのなら、この不安感や負担感というところを掘り下げて、突き詰めて、全てをいっぺんにやるんじゃなくて、適切な段階を踏んで、不安感や負担感の低減を確認しながらやるべきなのではないか?」 

「(移民受入れを)国がやるからしょうがないと言っても、住民の半分は不安なのだから、その現状を市は県や国に返してやらないといけないのではないか?、それが地方の役割なのでは?」

「今回の小島先生のような、ノリの良い多文化共生イケイケの人を市が用意してセミナーとか講演会をやれば、普通の人は多文化共生って良い事なんだなと思ってしまう。ヨーロッパでは色んな問題になってるわけで、市のやり方はバランスを欠きすぎていると思う。色んな立場からの情報を伝えないと、市民協働課として公務員が中立の立場にいない、偏っていると判断せざるを得ない。

策定委員会は色々な立場や意見が反映された構成になっているとは言い難いし、そもそも策定委員会の前に、やる/やらない、必要/不必要を検討する検討委員会が市民参加のもとで行われなければいけないのでは? 現在のやり方は策定ありきだ」

「アンケート結果で5割を超えている日本人の不安感・負担感には、例えば外国人の犯罪性向の高さや市民税納付率の低さなどの根拠があるのだから、これらを掘り下げて、日本人の住民が何を不安と感じ、負担と感じているのかをつかむ努力が必要なのではないか? 外国人の存在に否定的なアンケート結果が過半数を超えているのだから、それを背景にした意見なり反論なりが多文化共生プランの策定過程にも出てこなければ不自然であると考えなければならないし、そのような反対意見を汲み上げる努力をしなければならない。それが偏りの少ない感覚というもので、市の感覚はとにかく多文化共生推進ありきで偏っているから、反対されないように、されないようにとする人選・検討・広報・実施になってしまっている。これは公共という立場からは遠いといわざるを得ない。

「これまでも多文化共生は行われてきたと市は言うが、これまでに市役所の各課で行われてきた外国人への対応は、必要があって行われてきた対策で、その必要性は理解できるし、日本人の生活や社会の秩序を守り、災害時等における危機管理を行っていく上で適切な対応であったと思う。しかし、これから市がやろうとしているのは、『多文化共生』という理念・思想を推進するために、個々具体的な必要性を超えて市民に特定の考えを押し付け、税金を使っていくということで、これまでとは全く次元の違う、『こうあらねばならない』というイデオロギー政策を推進しようとしている。それなのに、『これまでもやってきた』などという説明は本質を市民の目から隠そうとする欺瞞としか言いようが無い。

「市というものが理念を市民に押し付けるということの是非はおくとしても、ではなぜ? 数ある理念の中で安城市は多文化共生という理念を選んだのか? この政策を推進しているのは一体どこの誰なのか? 市長なのか? 特定の部署なのか? 外部の組織や団体なのか?」

等々の疑問をぶつけてみました。まあ、これは場外乱闘みたいなものなので、市民協働課側の返答は書かないでおきますが、確たる回答は無く、その空虚さに住民として不気味さすら覚えたと記しておきます。

 今回の多文化共生セミナーにおける私の行動は、予定調和的に和やかにニコニコムードで進行すると考えていたであろう市側の意に反したものであったでしょうが、住民の過半数が不安感や負担感の増加といったネガティブな受け止め方をしている政策を強引に推し進めようとすれば、当然出てくる反論であり反応であると思います。とはいえ、善意で市に協力しておられた多文化共生プラン策定委員の皆さんやセミナーに参加した外国人住民の皆さんには気の毒な展開になってしまったことは残念に思います。

 策定委員や外国人住民のみなさんは善意で参加しているのであって何の非も落ち度も無いのですが、自治基本条例における「市民参加」には、本来市役所が引き受けなければならない責任や批判が市民に向いてしまい、市民同士の争いや対立を引き起こすという構造があるということや、専門性や公共性に乏しい『市民』による市民参加というものが、実に脆弱で空虚、そして危ういものであるということが図らずも露呈したなと感じました。

以上、多文化共生セミナー参加報告でした。

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