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活動分会:安城市自治基本条例の
ありかたを考える市民の会

「安城市自治基本条例に関するアンケート」は終了しました

小冊子「自治基本条例に騙されるな」プレゼント実施中!!【詳細】

晴夫

Author:晴夫


活動方針【詳細】
一、安城市自治基本条例の廃止を含めた見直しを求める活動を進めます。
二、安城市自治基本条例による安城市および市住民への悪影響や被害を防ぎ・減らすための活動を進めます。
三、地域の問題に関心をもち、町内会活動など身近な地域の活動に参加して健全な地域社会の維持と活性化に協力し、地域の声を行政や市議会に届ける一助となる活動を進めます。

当会の活動や安城市自治基本条例に関する皆様のご意見・ご感想をお寄せください。
また、当会の活動方針に賛同し、共に活動して下さる方がおられましたら、是非ご連絡ください。
あなたの賛同できる部分だけの活動でも構いませんし、空いた時間を利用しての少しの活動でも大歓迎です。
皆様のご意見・ご協力が市政を変える力になります。お気軽にご参加ください。
連絡先:このブログのコメント欄・下部メールフォームにメッセージを入力していただくか、
受付担当:事務局(林)
Eメール:nipponbare527@gmail.com
電話:090-2896-2845
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【総力まとめ】平成26年安城市議会6月定例会 白山議員一般質問
晴夫です

 6月10日に安城市議会において行われました、白山議員の一般質問の概要を報告します。
 報告内容は、私がこの一般質問の内容を理解するのに必要と思う内容を補足したり、あまり重要で無いなと思う部分については省略したりしていますので、一般質問のありのままを確認するには、動画がほぼ完全内容でアップロードされていますので、あわせてご確認ください。
http://gikai.gikai-tv.jp/dvl-anjo/2.html
 多少省略しているとはいえ、1時間にわたる質疑応答の内容なので、かなりの長文です。
 全部読んでいられないよ、という方は、記事後半の【晴夫のまとめ】を読んでいただければありがたく思います(まとめも結構長いですが・・・)。
よろしくお願いします。

 白山議員はこの質問により、非常に重要な回答を市から引き出しております。
 現在と未来の安城市住民のため、日本の議会制民主主義を守るため、大変な労力を費やし、多くの犠牲を払って戦い続けている白山議員にはただ感謝させていただくばかりです。この場を借りて御礼を申し上げます。





【晴夫のまとめ】
(←クリックでジャンプします)



《1》自治基本条例の成り立ちについて


(白山議員質問)

(質問1-1)全国的に自治基本条例の作成にかかわってきた財団法人 地方自治総合研究所は(左翼政治組織である)自治労が作った研究機関であることを市は当初から知っていたか?
(質問1-2)地方自治総合研究所の所長であり、市が講演依頼もしている辻山幸宣(たかのぶ)氏、及び審議会メンバーであった名城大学の昇教授がこの条例の強力な推進者であることを市は当初から知っていたか?
(質問1-3)条例の作成に関わる資料のほとんどを提供してきた、株式会社 都市造形研究所が地方自治総合研究所、及び昇教授と深いつながりがあることを市は当初から知っていたか?


『市の回答』
(回答1-1)地方自治総合研究所については、自治労が設置したものとは認識していなかった。
(回答1-2)辻山氏と昇教授が自治基本条例を推進する立場であることは、その業績等から判断して認識していた。
(回答1-3)都市造形研究所は指名型プロポーザル方式により選定した。地方自治総合研究所との「深いつながり」については認識していなかった。昇教授についてはプロポーザル企画書の中に学識者候補として挙がっていたが、「深いつながり」は認識していなかった。



《2》第7次総合計画における『市民』について
        
        ~略~



《3》安城自治基本条例を考える市民会議(あんき会)について

(白山議員の質問)

(質問3-1) 
(質問3-2)当初のあんき会においては、公募市民の所属団体に偏りがみられ、第1回の審議会ではそのことへの指摘に対し、あんき会自身が特定団体に偏重した人員構成であることを認めてもいる。現在でも行われている自治基本条例に基づく公募というのは、様々な立場の意見を集めるという点において全く公平・公正なものでは無いばかりか、応募してくる人の背景が分からない、実は非常に危険な要素がふくまれることを理解していなかったのか?
(質問3-3)現在、危険で問題が多いとして各所で反対運動が起きている『こども権利条例』を安城市に作る目的の政治団体の活動に市の税金がつかわれている。また、現在の『あんき会』は、広報活動のための団体として税金を使って活動しているが、自分たちの意思と合わない安城市住民に対して参加希望の申し入れを拒絶するなど、異なる意見を排除して特定の政治的思惑をもって活動している。安城市市民参加条例や安城市市民協働推進条例では、政治上の主義の普及推進に関わる活動を市民活動と認めておらず、そのような活動への税金支出は違法であるはずだが、このような状況を早急に精査するべきではないか?

『市の回答』
(回答3-1) 略
(回答3-2)公募に応じた者が仮に偏向した思想をもつ団体に属していた場合であっても、市として広く意見を聞くという態度に変わりはないので、危険という認識は無かった。
(回答3-3)あんき会が政治活動を行っているとは考えていないので、返金や調査の必要は考えていない。

(白山議員の再質問)
 公募で広く市民から意見を聞けるなどというのは妄想である。
最も公平・公正な公募の仕方は(問題点はあるものの)裁判員裁判制度の裁判員の公募方法などになると思われる。
(質問3-4)再質問として、各地で反対運動や問題を起こしている危険な「子ども権利条例」の制定を目指す『親子でのびっこ安城』という団体について答えていないのでもう一度質問する。こういった明らかな政治団体に我々の税金を使うのは不適切なので、やめていただきたい。
 また、『あんき会』は、広報の団体といいながら、自分たちと違う考えをもつ人とは話もしないような閉鎖的な団体である。そのような団体に税金を使っているのは納得しかねる上に、この団体は市からの負担金を余らせてもいるということなので、返金していただくべきである。


『市の再回答』
(回答3-4)白山議員ご指摘の団体(親子でのびっこ安城)は、個別の課題について「政策的提言」を行っているものと承知しており、いわゆる政治活動を行っている団体とは認識していない。
 「あんき会」が閉鎖的な団体であるというご指摘だが、同会の中心的な会員からは、異なる意見をもった方とも公の場で議論することはむしろ大歓迎ある旨のことを聞いている。そのような閉鎖的な団体であるとは考えていない。また、負担金について執行残は生じていないものと承知している。

(白山議員の再々発言)
あんき会の「議論することは大歓迎」という言葉はである。実際に、議論を避けられたり、毎月の会の集まりへの参加を拒否されたという事実の報告が寄せられている。証人を紹介しても良い。



《4》安城市自治基本条例策定審議会について
        
        ~略~


【晴夫のまとめ】(←クリックでジャンプします)


《5》安城市自治基本条例第2条(条例の位置付け)について


(白山議員の質問)

(質問5-1)安城市は、この条例を市の最高規範とし、本条の解説で市の憲法とまでいっている。これに対し、政府自民党の政務調査会が作成した小冊子には、『憲法は国の最高規範です。憲法・法律を地方自治体が勝手に解釈することは出来ませんし、基本的に法律の範囲内で条例は作らなくてはなりません。また、同じ条例の中で上位に位置づけられる条例などありません』としており、また、私(白山議員)が本年4月に自民党本部政務調査会に2度電話で確認した際にも、この自民党の見解は変わっていないということであった。安城市自治基本条例の存在(位置付け)は、憲法の定める条例のありかたから逸脱するものではないのか?
(質問5-2)自治基本条例の制定から4年以上が過ぎているが、他条例等との整合性の確認は完全に行われているのか? 膨大な作業になったはずだが、どのような作業が行われたのか?
(質問5-3)この条文に『他の条例、規則・・・』以下の主語が無く、条例を運用する主体が誰であるのか分からないのは法規上の欠陥であり、早急に訂正されるべきではないか?他にこのような主語の無い条文の例があるのか?



『市の回答』
(回答5-1)「最高規範」とは、行動や判断の基準となる模範という訓示的・宣言的な意味であり、法規として他の条例との上下関係を規律するものではないため、条文の内容が間違っているとは考えていない。
(回答5-2)他の条例との整合性については、平成21年10月~11月にかけて全庁的な調査を行っている。
(回答5-3)条文の主語については、条例の趣旨及び前後の文脈から明白であるため省略されている。同様な例としては地方自治法第4条第2項がある。

(白山議員の再質問)
 最高規範性について、訓辞的・宣言的なものに過ぎず、実効性は無いというのなら、そのような実態に即した条文にすべきで、誤解を招くような条文は改めるべき。
 また、地方自治法第4条2項は、第4条の中の連続した条文であり、第4条冒頭にあらわれる主語を継承しているものなので、この条文は例として不適切である。
(質問5-4)再質問として、自治基本条例と他の条例についての整合性を一字一句確認したということだが、例えば、『安城市市民憲章』の、『わたしたちは、たがいに助けあい、住みよいまちをつくりましょう。』という部分は、『わたくしたち』=『自治基本条例上の市民』だとすると、安城市に住んでいない人が、安城市に住んでいる人(=住民)にとって『住みよいまち』をつくるために『たがいに助け合』うという意味になってしまい、本来の互助・共助の意味合いから離れてしまう。このように、『自治基本条例的市民憲章の解釈』は、ごく基本的な部分で無理のある解釈になってしまうが、どう考えるのか?市の見解を伺いたい。


『市の再回答』
(回答5-4)自治基本条例で規定されている「市民」には、例えば安城市内でボランティア活動している「市外住民」の方々が含まれるが、こうした方々は、自らの意思と判断で自発的に安城市内で活動しているので、『たがいに助け合い、住みよいまちをつくりましょう』と唱和するのなら、むしろ自然だと思える。その他の宣言文についても博愛の精神から唱和されることは素晴らしいことだと考えている。

(白山議員の再々発言)
 博愛の精神とまで言い、よくぞそこまで理屈をつけるものと感心する。
本来、市民憲章の市民とは住民を意味している。安城の住民ほぼ全員がそう考えているだろうし、そう理解しないと市民憲章は意味の通じないことばになる。
 市の行事の度に唱和される市民憲章でさえ、この有様なのだから、他の条例の解釈に至ってはどのような食い違いや間違いが生まれてしまっているのか?大変不安である。



《6》安城市自治基本条例第3条1号(市民の定義)について

(白山議員の質問)

(質問6-1)以前、企画政策課に『安城市民で無い人とは誰になるのか?』と尋ねた際に、『安城市に関わりの無い人』との回答があった。市は、安城市に立ち寄っただけでも安城市民であることを認めている。地球上の人々はお互いに何らかの関わりをもっているわけだから、ならばいっそのこと、市民の定義は『人類みな安城市民』でも構わないのではないか?それが不可というのなら、なぜなのか?
(質問6-2)これまた以前、企画政策課に『安城市民とは安城市住民ではない。という、極めて重要なことを、安城市の住民、納税者、及び有権者に完璧に説明できているか?』と尋ねた。回答は、「今後検討する」ということだった。条例は施行から4年以上経過している時点での回答であるが、あまりに無責任かつ怠慢であると思える状態だが、市はどのように考えるか?
(質問6-3)安城市の憲法であり、最高規範であるこの条例は、世界中の安城市民へ等しく、早急に周知されるべきだが、現実としてそれは不可能ではないか? ウェブサイトは全世界に発信していることにはなるが、広報誌やパンフレットは隣市にも届かないのだから、インターネットを使わない人は知ることができない。この状況は、条例第8条『市民は、等しく行政サービスを受ける権利がある』に違反しているのではないか?
以上、馬鹿げたことを質問していると思われるかもしれないが、条例がそのような内容なのだから、それに即した質問と成らざるを得ない。回答をお願いしたい。

『市の回答』
(回答6-1)市民の定義は、条例の規定では安城市内に住む者、働く者、学ぶ者、及び事業又は活動を行うものと定義されている。これは、条例前文にあるとおり、理想のまちの姿を実現するために、一人ひとりが自ら考え行動する自立した市民として、また、まちづくりの担い手として、助け合いながら協働することが必要と考えているので、そうしたまちづくりに関係する人を市民と定義したものである。
(回答6-2)周知・説明については、これまでも市広報、パンフレット、講演会・説明会等のイベントや市ウェブサイトにより周知に努めてきたが、結果としてどの程度理解されているかの調査は行っていないので、これについては今後検討していきたい。
(回答6-3)条例第8条の行政サービスを受ける権利は、あくまで定められたルールの範囲内のサービスを保障するものであり、全ての市民が全てのサービスを無条件に受けることまでを保障したものではない。

(白山議員の再発言)
市の「つもり」は分かったが、ならば、そのような解釈に即した条文にするべきである。第8条に示される市民の行政のサービスを受ける権利が、実は他のルールの範囲内に限られたものであることは条文から判別がつかない。



《7》安城市自治基本条例第4条(市民参加と協働の原則)について

(白山議員の質問)
(質問7-1)自治基本条例では、『市の施策の企画立案、実施及び評価の各過程に市民が主体的にかかわり、行動する』とされている。日本の統治形態は間接民主主義であり、住民、ましてやこの条例でいう市民の直接参加を基本とする国では無い。なぜ安城市は得体の知れない市民にまでも、市政へ主体的に関わり、行動する直接参加を促そうとするのか?
(質問7-2)一般の住民は、日々の仕事や家庭で忙しく、市政にたいした関心も知識ももたないのが普通で、市政に参加したり協働する時間的余裕も乏しいというのが現状としてある。ゆえに、市に納税し選挙で市長や議員を選び、それらを通じて、市長や議員に委ねることによって市政に関わっている。この上、自治基本条例によって市政に主体的にかかわり、行動し、責任までもたされるというのはなぜなのか? それでは住民は一体何のために納税し、選挙をしているのか?ご説明を願いたい。
(質問7-3)市からは、この条例は『市民参加の機会を保障している』との説明を受けているが、先に示したように、一般的な住民に市民参加や協働ができるような余裕は少ないのであって、そこに積極的に参加するのは、特定の思惑や政治的目的をもち半ば職業的に政治的活動を行う、いわゆるプロ市民達が多くを占めることになるのは当然の成り行きといえる。これは、誰からも負託を受けていない得体の知れない小数の市民の思惑によって市政がコントロールされ、市民参加できない多くの民意が無視されることにつながるのだが、市としてはこれをどのように解決、または防止するのか?
(質問7-4)そもそも、得体の知れない市民がどのように責任をもち、責任をとるのか?

『市の回答』
(回答7-1)市民参加と協働の門戸を広げることにより、市民の様々な意見等が施策に反映できるようになり、これにより多様化する行政ニーズに対してより実態に即した対応が可能になるものと考えている。
(回答7-2)納税及び投票と引換えに市政参加の権利を譲渡するわけではない。
(回答7-3)仮に、特定の思想や政治目的をもつ市民が、市の政策の企画立案過程に関わり偏向した主義主張を展開したとしても決定権を有するものではない。制度上(自治基本条例第9条2項)の規定に基づき、そのような主張は公共の福祉に反するものとして採用されないものと考えられる。
(回答7-4)市民にとって市民参加と協働は、法的な義務として強制されるようなものではなく「責任をもつ」とか「とる」といった性質のものではない。第9条では、まちづくりの担い手としての責務を果たすことを宣言的に述べているに過ぎない。


【晴夫のまとめ】(←クリックでジャンプします)


《8》安城市自治基本条例第6~8条(市民の権利)について


(白山議員の質問)
(質問8-1)そもそも、安城市民は何人存在するのか、市は把握しているのか?
(質問8-2)条例上の市民には、市外住民、外国人、市内に事務所を置く暴力団、カルト教団も該当する。日本国籍たる安城市住民と同等の権利を、これらの得体の知れない市民に条例では認めているわけであるが、これらの市民は安城市住民と同等の納税者であるのか?そのことはどうやって確認するのか?
(質問8-3)本当にこんなことを安城市の住民、納税者、有権者が納得されていると市は考えているのか? 実際に、何パーセントの人が納得や容認をされているのか? どのように確認したのか?
(質問8-4)例えば、市外住民や外国人などの、プロ市民・特別の思惑を持った集団が市役所に押しかけ、彼らにとっての公共の福祉を理由に、「我々は市民だ!」「市の今後の予定や計画を全て出せ!」「我々は市政に参加し、等しくサービスを受ける権利がある。要求を取り入れろ!」ときたら、対応する職員は困るのではないか?
 確かにこの集団は、条例条文上の権利を素直に行使し、市政に主体的にかかわり、住民と等しいサービスを受けようとしている。市はこのような場合、どのように対応されるのか? さらに、条例9条3項にある、納税等の『応分の負担をしている市民』に彼らが該当するかどうかをどうやって見分けるのか? 回答をお願いしたい。


『市の回答』
(回答8-1)条例で規定されている「市民」の人数については、把握することはできないし、その必要は無いと考えている。

(回答8-2)
条例上の「市民」は納税者である場合もあるし、納税者で無い場合もある。納税者であるかどうかの確認はできないし、その必要は無い。

(回答8-3)何パーセントの安城市住民、納税者・有権者が納得・容認しているかは把握していない。

(回答8-4)
個々のサービス要求に対しては、それぞれ関係法令の規定に基づき適切に対応する。
 また、条例上の「市民」が「住民」と等しいサービスを無条件に受けられるものではないことを誤解の無いように申し添える。
 なお、条例第9条第3項の「応分の負担」をしている市民であるかどうかを見分けることについては、この条例の権利及び責務に関係の無いことと考えている。

(白山議員の再発言)
 安城市民の数も分からない、納税者かどうかも分からない、そしてそれを知る必要も無いとは驚きである。

 それでは、安城市民の実態把握も検証も不可
能であるし、予算付けすることさえできないのではないか?じつに不思議である。
 条例上の「市民」と安城市住民が等しい権利をもつということは第7条と8条に記されているのだが、ただいまの回答では、そうではないという。そうではないというのことは条文上からは全く読み取れない。
 また、責務として『応分の負担』をしているかは権利・責務に関係が無いというが、これも驚きである。

 納税および応分負担をしなくても、納税者たる安城市住民と同等の権利が主張できるとなれば、今後、安城市住民には住民税を含め、応分の負担をしていただけるのかどうか?



《9》安城市自治基本条例第10、11条(議会・議員の責務)について

(白山議員の質問)
(質問9-1)安城市の議会及び議員は、日本国籍を有する安城市住民の選挙により負託を受けているが、市外住民、外国人、法人、及び団体からも負託を受けているのか?
(質問9-2) 
(質問9-3)自治基本条例第11条には『議員は市民の代表』とある。
 日本国憲法に『国会議員は国民の代表』、地方自治法には『市長は地方公共団体の代表』とされているが、市議会議員が住民、ましてや市外住民や外国人、法人・団体のいずれに対しても代表という資格を定めた法律は、私が知る限り無い。
 自治基本条例に定めるように、本当に市議会議員は法的に市民の代表なのか?


『市の回答』
(回答9-1)ご指摘の人、団体からは負託を受けていないと考える。
(回答9-2) 略
(回答9-3)条例第11条で規定されている「代表者」という言葉は、条例第3条で規定されている「市民」の負託を受けた代表者という厳格な意味で使用されているものではないと考える。
 ここでは、議員は選挙を通じて地域住民から選ばれており、一般に地域の代表という捉え方をされていることから、一個人としての市民より広い視野で責務を果たすことを宣言的に述べている。
(後略) 




【晴夫のまとめ】



白山議員はこの質問によって、以下のような非常に重要な回答を市から引き出しております。

【まとめの1】
市は安城市自治基本条例を「最高規範」と捉えていない事実

(回答5-1):自治基本条例の「最高規範」とは、行動や判断の基準となる模範という訓示的・宣言的な意味であり、法規として他の条例との上下関係を規律するものではない。
(回答6-3):条例第8条の行政サービスを受ける権利は、あくまで定められたルールの範囲内のサービスを保障するものであり、全ての市民が全てのサービスを無条件に受けることまでを保障したものではない。
(回答8-4):個々のサービス要求に対しては、それぞれ関係法令の規定に基づき適切に対応する。

【晴夫メモ】

 このように安城市の回答では、自治基本条例の最高規範性を否定する回答が何度も確認できます。
 自治基本条例が最高規範であるという第2条の条文は、要するに、「そう言いたかっただけの飾り言葉」であって、本当に自治基本条例の規定が他の条例に優先することは無く、個々の事案に対してはそれぞれに定められた法律なり条例によって処理がなされるという常識的な回答が行われています。
 条例の位置付けからして否定されているのですから、この一事をもってしても自治基本条例は「空文」であるといえるのですが、つまるところ、市の認識こそが正常というか、スタンダードな行政の認識なのです。
 自治基本条例の最高規範条文(第2条)の内容、そしてこれを根拠に自治基本条例を「市の憲法」としてもちあげる方が、異常な感覚と認識であるということなのです。
 何にしろ、市当局が自治基本条例の最高規範性を認めていないのに、そのような異常な条文が存在していることが問題で、これは改められなければならない部分であり、実効性の無い宣言だからといって放置しても構わないということにはならないでしょう。
 また、多数の委員やら議員やらが長い時間と多くの予算ををかけて議論し、慎重に検討して全会一致で定めたはずなのに、一体どうして、このような異常な条文が根幹を成す条例がつくられてしまったのか?という深刻な疑問が当然でてきます。
 これは、条例の策定に関わった、あるいは条例を肯定する人々の言う、「多数の人が関わり、時間をかけて行われた慎重な議論や審議」が、いかに遵法性と公共性と良識のフィルターとして機能しない、ザル同然のセレモニーに過ぎなかったのかということの如実な顕れなのです。
 白山議員の言葉を借りれば、「出来レース」であったから、重大な異常性が見過ごされてしまったのです。
 このことに付け加えれば、同様の異常性はその後に同じ方法論で行われている全ての市民参加が必然的に抱える問題であるといえます。

 白山議員の努力により明らかになった、このような最高規範性を巡る自治基本条例の条文と市の認識との根本的かつ決定的な食い違いは、自治基本条例の制定に際し、異常な考え方をもった勢力が強く関与していたということを明確に示しているのです。



【まとめの2】
「市民」には具体的な責務・義務や負担が無い。
でも住民と同じ「権利」はあるという不思議

(回答7-4):市民にとって市民参加と協働は、法的な義務として強制されるようなものではなく「責任をもつ」とか「とる」といった性質のものではない。第9条では、まちづくりの担い手としての責務を果たすことを宣言的に述べているに過ぎない。
(回答8-2):条例上の「市民」は納税者である場合もあるし、納税者で無い場合もある。納税者であるかどうかの確認はできないし、その必要は無い。
(回答8-4):条例第9条第3項の「応分の負担」をしている市民であるかどうかを見分けることについては、この条例の権利及び責務に関係の無いことと考えている。

【晴夫メモ】
 安城市自治基本条例では市民の権利として、知る権利(第6条)、市民参加の権利(第7条)、行政サービスを受ける権利(第8条)が定められており、それらの権利といわば対になる「責務」として第9条の規定があります。
 しかし、市の認識では、この第9条の「市民の責務」については、「宣言的に述べているに過ぎない」ものであって、実際に「責任をもつとか責任をとる」というものでは無い言葉だけ(宣言的)のもので、果たす必要の無い責務であると回答されています。
 また、行政サービスをうけることについても、それに対する「応分の負担」をしているかどうかや、「納税の義務を果たしているかどうか」は条例上の権利とは関係が無いと回答しています。
 
 これには驚きです。白山議員も、第8の質問の再発言で驚いていますが、当然でしょう。

 法律や条例の内容以前の常識として、「権利」と「義務(責務)」や「自由」と「責任」は表裏一体のものであり、義務無き権利、責任無き自由は社会的に容認されるものではありません。
 安城市に対して納税の義務や各種の負担を担っている安城市住民を除いた「安城市民」には、市の認識によれば実際の責務や負担は無いのですから、当然、責務の裏づけが必要な「権利」も認められないはずです。
 
 つまるところ、市や国への義務や負担の無い市外住民や外国人に、市政に参加する権利など無いのです。
 それはちょうど、日本人であり安城市住民である私に、刈谷市や豊田市の市政に参加する権利が無く、他国の政治に関与する権利も、もちろん無いのと同じことなのです。

 安城市の役所や住民が、市の施策に市外の人や外国籍の人の意見や要望を取り入れることが必要だと考えるのなら、審議会やパブコメにおいて彼らに参加を認めて、彼らの意見や要望を聞けば良いだけの話なのです。
 市民の定義を異常に拡大し、責務や負担の裏づけも無い「市民の権利」などでっちあげる必要など、どこにも無いのです。

『必要に応じ、市内外から可能な限り多様な意見を公正な手法で集めることに努め、もって安城市住民の福祉の増進に寄与する』

この一文の、『自治基本宣言』で十分なのです。それを市民の定義だの市民の権利だのなんだの言い出すから、話がややこしくなるのです。


【まとめの3】
実は、市役所の中でも重視・尊重されている
わけではない自治基本条例の悲哀

(質問5-4):再質問として、自治基本条例と他の条例についての整合性を一字一句確認したということだが、例えば、『安城市市民憲章』の、『わたしたちは、たがいに助けあい、住みよいまちをつくりましょう。』という部分は、『わたくしたち』=『自治基本条例上の市民』だとすると、安城市に住んでいない人が、安城市に住んでいる人(=住民)にとって『住みよいまち』をつくるために『たがいに助け合』うという意味になってしまい、本来の互助・共助の意味合いから離れてしまう。
 このように、『自治基本条例的市民憲章の解釈』は、ごく基本的な部分で無理のある解釈になってしまうが、どう考えるのか?市の見解を伺いたい。

(回答5-4):自治基本条例で規定されている「市民」には、例えば安城市内でボランティア活動している「市外住民」の方々が含まれるが、こうした方々は、自らの意思と判断で自発的に安城市内で活動しているので、『たがいに助け合い、住みよいまちをつくりましょう』と唱和するのなら、むしろ自然だと思える。その他の宣言文についても博愛の精神から唱和されることは素晴らしいことだと考えている。
(白山議員の再々発言)
 博愛の精神とまで言い、よくぞそこまで理屈をつけるものと感心する。
本来、市民憲章の市民とは住民を意味している。安城の住民ほぼ全員がそう考えているだろうし、そう理解しないと市民憲章は良く意味の通じないことばになる。市民憲章でさえこうなのだから、他の条例の解釈に至ってはどのような食い違いや間違いが生まれてしまっているのか?大変不安である。

(回答6-1):市民の定義は、条例の規定では安城市内に住む者、働く者、学ぶ者、及び事業又は活動を行うものと定義されている。これは、条例前文にあるとおり、理想のまちの姿を実現するために、一人ひとりが自ら考え行動する自立した市民として、また、まちづくりの担い手として、助け合いながら協働することが必要と考えているので、そうしたまちづくりに関係する人を市民と定義したものである。

【晴夫メモ】

・・・安城市市民憲章を巡ってのやりとりでは、市は自治基本条例と市民憲章との整合性についてかなり無理やりの解釈で対応しています。白山議員も苦笑を禁じえないという感じは、動画で確認できるかと思います。
 市の回答では、平成21年10月~11月にかけて自治基本条例と既存の例規に関して全庁的な調査を行ったとしていますが、調査した結果として、不整合箇所の特定と、それを整合させるための取り組みが行われたのかどうかは回答されていません。
 
 おそらく、市役所の中では、自治基本条例に既存例規を合せる取り組みなど大して行われていないのではないかと思います。
 なぜなら、白山議員が例とした市民憲章以外にも、

議会事務局の陳情に関する説明(陳情者が安城市民以外からのものは陳情として扱われない)
無題18 
http://www.city.anjo.aichi.jp/shisei/gikai/vert/petition.html

市民保養事業の説明(事業の対象者は住民基本台帳に記載されている者に限っている)
無題19 
http://www.city.anjo.aichi.jp/kurasu/hojoseido/hoyojigyo.html

など、市民=住民とする従来どおりの常識的な意味で「市民」を使っている例がいくらでもあるからです。

 要するに、「市の憲法」である自治基本条例は、当の市役所の中でさえまともに相手にされていないのです。
 一部の偏向者を除く、賢明で政治的に中立な市役所職員の皆様は、この条例が「空文」であることを見抜いているのでしょう。でも、大っぴらには意見できないんですよね、市長の看板政策ですから・・・心中お察し申し上げます。

 また、回答6-1では、「市の用意した市民参加の方法の枠内で活動する者が『市民』である」と読める回答をしています。
 要するに、市外の人や外国籍の人の意見も含めて検討する場をつくるので、そこに参加した人には必要な情報を提供したり必要な施設やサービスの提供をしますよということなのでしょう。
 これも常識的な対応であって、せっかく市民参加のプロジェクトが動いても、市内の者と市外の者とで出来ることが異なるのでは市民参加の実は上がらないでしょう。
 条文どおりの、誰でも「市民」いつでも「市民」などという規定は非現実的でまともに相手にしていない・・・そんな市役所の本音が窺える興味深い回答です。



【まとめの4】
条例で得をするのは誰か?
~ビジネスモデルとしての自治基本条例~

(回答1-3):都市造形研究所は指名型プロポーザル方式により選定した。地方自治総合研究所との「深いつながり」については認識していなかった。昇教授についてはプロポーザル企画書の中に学識者候補として挙がっていたが、「深いつながり」は認識していなかった。

【晴夫メモ】
 自治基本条例というのは不思議な条例で、この条例ができると、関連・派生する条例や政策が次々とつくられていきます。
 安城市でいえば、自治基本条例のあとには市民参加条例、市民協働推進条例、多文化共生プラン、議会基本条例、男女共同参画推進条例、子どもの権利条例etc.etc……と、所管である市民協働課には6人くらいしか人員がいないのに、よくもまあこれだけ立て続けにできるなあと思っていたのですが・・・

 先入観とは恐ろしいもので、自治基本条例ができると、その後に色んな問題条例が出来ていくという現象を、私は「そういうもの」としてしか考えていませんでしたが、これには理由があったんだと、今回の一般質問を聞いて合点が行きました。

なぜ、自治基本条例の後には多くの関連条例・派生条例類ができるか?
 
なぜ、6人くらいしかいない市民協働課で、次々と審議会→条例案作成という業務をこなすことができるのか?

 その理由はつまり、

「自治基本条例とは、そういうビジネスモデルだから」

ということなのです。

 世の中には、「地方自治体への施策提案・条例作成マーケット」ともいえる市場が存在し、退官した役人や大学教授なんかが関わるコンサルタント会社やら研究機関が、地方公共団体を相手に政策づくりや条例づくりをパッケージして売るという税金商売が成り立っているということなのです。

安城市が自治基本条例で関わった、
地方自治総合研究所
http://www.jichisoken.jp/
都市造形研究所
http://www.toshizoukei.co.jp/works/index.html

他にも・・・
自治体問題研究所
http://www.jichiken.jp/
地方自治問題研究機構
http://www.jilg.jp/
条例づくり交流会議
http://jourei.jp/about.html
自治体議会改革フォーラム
http://jourei.jp/gikai-kaikaku.net/index.html

審議会などの講師派遣も商売です
講演・専門家.com
http://kouen.com/index.php/cPath/31_91

そんな商売が、たくさん、たくさんあります。
市長同士のつながりや、市職員の研修、出身大学の研究室でのつながりなんかで、色々と話がくるんでしょうねえ~~
 何しろ安城市は日本で50いくつしかない地方交付税の不交付団体です。財政良好の金持ち市とみられているのです。

 商品・商売として考えた場合、ひとつ・ふたつの条例を売るよりも、自治基本条例のように「基本条例多数の派生条例」というような、『一粒で何度もおいしい』条例ビジネスモデルを売った方が、長く・楽に・多く稼げるわけです。
 
 そりゃあ売るほうとしてはどこの市でも通用するような金太郎アメみたいな条例の1ダースも用意して、パッケージとして自治体に売って、派生条例を次から次へと作らせることでしょう。

 想像ですが、短期間に多く条例を作った方がお得な、契約年数やサポート内容なんかも決められているんでしょうね、だから急いで作るんでしょうし、条例作成のスケジュールが変わるのを極端に嫌うのでしょう。

 もしかしたら、このような自治体相手の条例ビジネスは、世間一般では常識的な知識なのかもしれません。
 私も、あの正味40ページくらいの安城市多文化共生プランが1回150万円ナリのシロモノで、初回と最終案の2回で300万円の税金が使われているとは知っていましたが、自治基本条例の特徴がビジネスモデルのあり方を反映しているというのは盲点でした。

 このようなビジネスの良し悪しはともかくとして、契約内容次第では、公共の福祉の観点からは好ましくない運用がなされるのではないかという危惧もあります。どのような理由と判断で条例作成の外注先を決め、契約内容の確認と、実際どのような提案や関与のもとで条例ができていったか?その正当性や妥当性を確認することが必要となりますし、それには、市の公開する表向きの委員会や審議会の様子だけでは不十分かもしれない。と、今回の一般質問から私は感じました。

 なにしろ、特定の政治目的を実現したい勢力からしたら、その目的達成の手法や経過がそのまま大きな利益を得る商売になるのですから、笑いが止まらないことでしょう。
 
 自治基本条例だけでも安城市で1258万円ですからね、派生条例を含めれば現時点で5000万円を超える税金が使われ、今後もいくつかの条例や施策では外注が続くわけですから・・・
 
 数名程度のスタッフと専門家の派遣、あとは紙とパソコンとプリンターがあればできる商売で、一度作った材料は使いまわしが可能。これが、この10年かそこらで全国300以上の自治体でつくられたわけですから、まあ儲かったでしょうね。

 安城市では、本年度(平成26年度)より、県内初の内部設置型自治体シンクタンク「安城市みらい創造研究所」が発足しています。
http://www.city.anjo.aichi.jp/shisei/mirai/index.html
 この研究所が、施策や条例の外注に歯止めをかけ、市政・施策の内製化(変な言葉だなあ)を目指すための取組みなのか、それとも新たな自治体ビジネスの餌食に過ぎないのかは、現在のところ判然としませんが・・・
 なんにしろ、自治体内にシンクタンクが存在する一方で、条例作成が盛んに外注されているという状況は私には奇妙に思えます。
 自治基本条例のあり方について考えるとともに、安城市・神谷市長自慢のシンクタンクの動きにも注目したいところであります。

あ、(回答9-1):議会基本条例のハシゴの外されっぷりについて言及するのを忘れました、まあいいや(笑)
また触れる機会もあるでしょう。

以上、晴夫でした。

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自治基本条例とは | 23:43:22 | トラックバック(0) | コメント(0)
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