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【草莽安城】
活動分会:安城市自治基本条例の
ありかたを考える市民の会

「安城市自治基本条例に関するアンケート」は終了しました

小冊子「自治基本条例に騙されるな」プレゼント実施中!!【詳細】

晴夫

Author:晴夫


活動方針【詳細】
一、安城市自治基本条例の廃止を含めた見直しを求める活動を進めます。
二、安城市自治基本条例による安城市および市住民への悪影響や被害を防ぎ・減らすための活動を進めます。
三、地域の問題に関心をもち、町内会活動など身近な地域の活動に参加して健全な地域社会の維持と活性化に協力し、地域の声を行政や市議会に届ける一助となる活動を進めます。

当会の活動や安城市自治基本条例に関する皆様のご意見・ご感想をお寄せください。
また、当会の活動方針に賛同し、共に活動して下さる方がおられましたら、是非ご連絡ください。
あなたの賛同できる部分だけの活動でも構いませんし、空いた時間を利用しての少しの活動でも大歓迎です。
皆様のご意見・ご協力が市政を変える力になります。お気軽にご参加ください。
連絡先:このブログのコメント欄・下部メールフォームにメッセージを入力していただくか、
受付担当:事務局(林)
Eメール:nipponbare527@gmail.com
電話:090-2896-2845
までお願いします。

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安城市議会議員のみなさまに手紙を出しました
晴夫です。

先日、当会同志により安城市議会へ提出された、「安城市自治基本条例の廃止を求める請願書」を後押しする活動として、市議会議員の皆様30名のうち、当会で住所を知る事ができた26名の議員様に手紙を送りました。

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手紙の内容は以下の通り、全議員さん共通です。


安城市 市議会議員○○○○様

 謹んで申し上げます。日増しに寒さが加わってまいります今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。日頃は私たち安城市住民の為にご尽力いただき、深く感謝いたしております。

 私たちは、「安城市自治基本条例の廃止を求める会」と申しまして、その名の通り、安城市に平成二十一年より制定されております「安城市自治基本条例」の廃止を求めて活動をしている市民団体です。
 既に当会同志である林君より、同条例の廃止を求める請願書が白山松美議員紹介のもと、貴市議会議長宛に提出されておりますので、議員にあっては当条例の違法性ないしは条例としての正当性の欠如および当条例が市在住有権者の人権を侵害するものであるということは御承知いただいているものと思いますが、今般は、議員に更なる御考察を賜りたく、当会より愚見を申し上げる次第であります。
 
 議員にこんなことを申し上げるのは正に釈迦に説法の例えの通り、大変心苦しいのですが、議員が選挙に当選した際には、一千・二千またはそれ以上という数の票を獲得しているはずですが、では、議員が「有権者から直接意見を言われる・要求をされる」ことは、議員の得票数と同じくらいの回数・人数であるでしょうか? おそらく、そうではありますまい。
 一般の市民・有権者であって、自分の主張を声高に行う者、議会や市役所に直接要求を行う者などというのは、実に少数者に過ぎないのです。では、主張をしない多くのひとびとには、意見も何も無いのでしょうか? これも、そうではありますまい。
 声高に言わないだけであって、改めて具体的に聞けば、普段は主張をしない人であっても市政に不満や意見のひとつやふたつはあるものだと思います。
 しかし、です。そのように内心意見や不満があっても、普通の、そして多数の人々、あなた方議員を信頼して一票を投じた「善良なる沈黙者」である人々は、声高に主張したり要求したりはしないものです。人それぞれに意見や不満があるのは当然のこと、お互い様のことなのであって、よほどの困りごとでないかぎりはお互いに譲り合い、少しずつ我慢をし合って、お互いがお互いを思いやり助け合って、地域の秩序や暮らしの平穏を保ち、社会の健全性・公共性を損なわない気配りをもって生活をしているのです。
 私たちの社会はそのような奥ゆかしい人、弁えのある人、他人のことを自分のこととして思いやる多くの人達の、お互い様の精神で成り立っているのです。それが、日本の伝統的な、良き地域社会というものであったのではないでしょうか?

 「安城市自治基本条例」は、ひとことで言えば、「価値観を統制する条例」です。『市民参加』こそ素晴らしい、大人も子どもも、男も女も、市内の者も市外の者も、日本人も外国人も、個人も団体も、みな言いたいことを言え、そして他者に、議会に、市長に意見を突き付けろ、その意見は、『最高規範条例』の保障の元に『尊重』されるべきなんだ。という、そんな物騒な価値観を『市民』に押し付け、万人の万人に対する闘争を煽りたて、市民の分断と対立とを引き起こす、そのような危険性をはらんだ条例なのです。
 そして先に述べたように、声高に主張する者、『市民参加』に積極的になれる者というのは、相変わらず少数者なのです。条例ができたからといって、これまで意見があっても主張せずに政治から距離を置いて暮らしていた人々が、魔法にでもかかったかのように『市民参加』に目覚めるなどということが起きるはずが無いのです。それに、普通の人には家庭も仕事もあるのです。『あんき会』やら『○○推進会議』やらのような、平日の日中に行われる会議に年に何度も『市民参加』できるわけが無いのです。だからこそ、普通の、多数の、良識ある人々は、貴重な一票をあなたがた議員や市長に投じて、社会の秩序と生活の平穏と安定をつくる働きをお願いしているのです。

 住民・市民の意見を掘り起こし、丁寧に聞くことは大切なことですし必要なことでしょう。しかしそれはアンケートを丁寧に取るなどの方法を設ければ良いのであって、このような特定の価値観を他者に強制する危険な条例をつくらなくてもできることであると当会では考えます。

 自治基本条例が理想とする社会には、「お互い様・譲り合い・思いやり」の精神が成り立つ素地がそもそもありません。そんな「お人好し」なことを言っていれば、他者の『市民参加』の餌食になってしまうからです。
 そうなりたくなければ、『市民参加』をせよ『協働』をせよと、この条例は多数の「善良なる沈黙者」に『責務』までをも課して駆り立てているのです。この条例の支配する社会では、よほどのことが無い限りは政治的な活動などせずに静かに暮らしたいという、ありふれた価値観は否定されます。主張をしない者、『市民参加』をしない者は、「いないのと一緒」なのであり、否定し、切捨て、犠牲にしても構わない存在、『尊重』されない存在になってしまうのです。
 議会も市長も、このような統制的・強圧的な『市政への市民の直接参加』を止める事はできません。なぜなら、議会にも市長にも『最高規範たる自治基本条例』によって、『市民参加を尊重』する責務が課せられているからです。市民が直接ものごとを決める道が開かれるのですから、そもそも間接的に有権者の意見を反映する議会などというまだるっこしいものは、もはや見向きもされず、議会制民主主義を選んだ人類の歴史の英知は安城市から消え去ってしまうことでしょう。
(一体何故、このような自らの首を絞め、手足を縛る条例を議会は議決してしまったのでしょうか? 私たちにとってそれが最もミステリーですが、今さらそんなことを言っても始まりません。私たちは前を向いて現状を打開していく以外に道は無いのです。)

 安城市に自治基本条例がつくられて3年、その実害が目に見えて出ていないのは、単に、「まだその段階に達していないから」に過ぎませんし、また、この条例は社会という健康体を侵すガン細胞のようなもので、『目立たないように自治体の中に侵食し、はびこる』そのようにつくられているのです。このガン細胞は、多数の住民が気が付かない(場合によっては市長や議会も気が付かない)うちに、市政のすみずみにまで浸透していくのです。
 それが証拠に、全国でも、安城市でも、自治基本条例に連動する問題ある理念条例(「議会基本条例」や「市民参加条例」など)が続々と制定され、また議会で審議されているなど、『自治基本条例というガン細胞』の、『全身への転移』は着実に進んでいるのです。多くの人が気が付いたときにはもう遅いのです。「その時」は着実に近づいていくのですから、早期発見・早期治療が大切なのです。

 私どものような者がこのようなことを議員に申し上げるのは真に僭越ですが、「上医は国を医(いや)し、中医は民を医し、下医は病を医す」と、政治家を医者になぞらえてそのはたらきを説く古語があります。議員におかれましては是非、国を医し、民を医すことを考えていただき、決して、自治基本条例のごとき『自治体に取り付いた悪性腫瘍』を放置し、更には転移・拡大の手助けをするようなことが無いよう、また、「安城市自治基本条例の廃止を求める請願書」を是非とも容れていただきますよう、当会一同、心よりお願いをいたします。

以上、謹んで申し上げました。


平成二十五年十一月吉日

安城市自治基本条例の廃止を求める会 同志一同


以上が、議員さんへ送らせていただいた手紙の全文です。

・・・安城市は、平和な、そして豊かなまちです。私はこのまちに住んで10年ほどになりますが、周辺の市にくらべても公園や道路の整備などは行き届き、図書館や公民館などの施設も充実して使いやすく、歴史博物館の展示などは常設の展示であっても県内でも有数の質の高さだと思いますし、歴史や文化を守り伝えていこうという意識も高く、市の教育委員会によってあちこちに設置された史跡案内板や、堀内公園の近くにある貝塚の実物展示など、ただ歩くだけでも楽しいですし、市内に多くあるお地蔵様には花やお供え物が絶えず、小さな村社であっても荒れているところは滅多に見ないというほど、住民による地域社会の良風の維持が行われ、道路・鉄道による交通の便も良く・・・要するに、「良いまち、暮らしやすいまち」であると思っています。できれば一生、このまちに住んでいきたい。本当にそう思っています。
 
 ですから本来は、私から見れば問題の少ない安城市の市政に対して、波風を立てるような当会の活動などは、実に気乗りがしないことなのです。しかし、やらざるを得ない、それは何故か・・?

 【自治基本条例が理想とする社会には、「お互い様・譲り合い・思いやり」の精神が成り立つ素地がそもそもありません。そんな「お人好し」なことを言っていれば、他者の『市民参加』の餌食になってしまうからです。】
上記手紙の中にある、この一文に全ては集約されます。
 条例があろうがなかろうが、市政に対して自分の意見を主張できる人、「市民参加」に実際に参加できる人、そのような時間的・社会的余裕がある人などはごく少数なのです。彼ら、『積極的少数市民参加者』に比べれば、普通に働き、家庭を持ち、地域の活動を受け持っている『普通の人』にできる市民参加などは、どれほど市役所が配慮したとしても、限られた方法と機会にならざるを得ず、非常に不公平といえるでしょう。
 結局、この自治基本条例で得をする人、意見を市政に通せる人というのは少数であり、大多数の『普通の人』が支払っている税金は、そんな少数の人の欲望や主張を満たすために使われる、少々強い言葉でいえば、『食い物にされる』のです。しかも、この条例における『市民』は、市内に住む者、市内で働く者又は学ぶ者及び市内で事業又は活動を行う者(法人その他の団体を含む)と、デタラメなほど広範囲ですから、市内在住の『普通の人』が市外に住む人や企業・団体の行う『市民参加』のコストまでをも負担しなければならないという理不尽さなのです。これでは『市民の分断と対立を引き起こす』という手紙の中の指摘も的外れではないでしょう。怒りますよ、普通。
 
 安城市がそんなまちになっていいのか? という怒りと危機感が、私たちの活動の根底にはあります。プラス、先日の記事でも紹介させていただいた、白山松美議員の孤軍奮闘ぶりと市議会の無関心さを見ての義憤。あとは、請願書にあるように条例そのものが市による憲法違反・地方自治法違反なんじゃないかという疑問と、憲法の否定は日本国の「くにのかたち」の否定であるということ・・・ などといった理由で、私は当会の活動を行っているのです。


 では逆に、『安城市自治基本条例』が、『市民』に広く浸透し、前述の『積極的少数市民参加者』だけでなく、非常に多くの『市民』が、それぞれの主張をもって『市民参加』をすればどうなるか? 
 なにしろ、18万人の市内在住者プラス、何人いるか分らないくらい多数の通勤通学者や市内で活動する個人・団体がお互いに言いたいことを言い合って、しかもお互いに『尊重』し合えというのですから、これも良い言葉では無いですが、『リーダーのいないサル山』のような惨状となり、市政は混乱と停滞に陥らざるを得ないことでしょう。

 『市民参加』といえば、たいへん聞こえは良いかもしれませんが、この言葉の意味するところは、「これまで市の職員と専門家だけで決めていた市の施策に市民が参加し、生活者の感覚と意見が市政に活かされる」みたいな平穏で有益なイメージでは全くありません。
 
『安城市自治基本条例』第3条に規定される『市民参加』の定義はこうです
【市の施策の企画立案、実施及び評価の各過程に市民が主体的にかかわり、行動することをいいます。】

 これがどういうことかというと、要するに、「選挙も任期も無い政治家」または
「服務規程の無い地方公務員」が誕生し、議会や市役所の中で権力を持つ。ということなのです。
 『安城市自治基本条例』は、『市民参加を尊重する』ことを『最高規範』として定めていますから、『積極的少数市民参加者』は、これはもう、『市政の特権階級』であるといえるでしょう。誰も、『市民参加』のやることには口を挟めないのです。『最高規範』が『尊重せよ』と定めているのですから・・・
 
 古来より、我が国でも、他国でも、『為政者』というのは選ばれた存在でした。その選ばれ方は時代により、国によって、世襲だったり実力・競争だったり試験や選挙だったりと色々ではありますが、「望んでも誰もがなれるわけではない」ということは同じであったでしょうし、社会の秩序を守り、社会を襲う災害などの困難に打ち勝つために、能力のある人物が為政者になれるように昔も今も人類は知恵を絞っているのです。
 ところが、『安城市自治基本条例』の世界では違うのです。『市民参加』を望めば、誰でもが『市政の特権階級』となり、試験や選挙で選ばれた正統な市長や市会議員や市職員を押しのけて政治に関わることができるというのです。一体、何の権利や資格があって、こんなデタラメな『特権階級』をつくりだせるというのでしょうか、この条例は!?
 
 市議会議員さんの中には、今回の私たちの投書に面食らった方もおられるかもしれません。が、もしも『安城市自治基本条例』が多くの『市民』に知られ、『市民参加』が活発になればなるほど、議員さんの自宅はおろか市役所の中の政策担当部署や担当者の自宅、下手したら議会の中にだって、あるいは、市民同士で、投書、電話、メール、ファックス、直談判、怒鳴り込み、デモ行進、街頭演説などといった、『意見表明』が相次ぐでしょう。
 想像できませんか?まさに全市が『炎上』状態になりかねない。あなた方議員にはそれを、『尊重』する『責務』があるのですよ?
それとも、『どうせそんなことにはならないよ、だれも市民参加なんて真剣にやらないよ』と、思っていますか? だったら、条例そのものが不要ですよね?

 このように、知る人が少なければ、『積極的少数市民参加者』による、選挙を経ない少数者支配が行われ、逆に、多くの人に知られて市民参加が活発になれば、市政は身動きが取れなくなるという、どっちに転んでも市政の混乱と、市民の分断と対立を招くという、そういう困った条例が、この『安城市自治基本条例』なのです。

 市役所の中では、『各プロジェクトに10人か20人くらい市民が関われば』と、市にとって最高に都合よく『市民』が動いてくれるという前提でこの条例を使おうと考えているのかもしれませんが、そういう発想では『危機管理』など論外だと思いませんか?、「病的なほどの楽観、希望的観測」に支えられたこの条例に『危機管理』の項目があること自体が悪い冗談だと私は思いますよ、話が逸れてしまいましたが。

 とりとめのない(しかも長い!)文章になってしまい申し訳ありませんでしたが、以上で、『議員にお手紙活動』のご報告を終わります。
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